わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

「アメリカ宗教保守層の膨張の説明」(飯山雅史『アメリカの宗教右派』(2008、中公新書ラクレ)から)

 twitter で次のように発言したら、意外に RT が多くて、多くの人に読まれたようなので、ちょっと補足。

 『アメリカの宗教右派』の感想は、別ブログでも書いたけど、ぼくの言及した内容に該当する部分を引用しておく。第 8 章「21 世紀アメリカの宗教勢力地図」の「宗教保守層の膨張の理由」という節から。

http://d.hatena.ne.jp/fromAmbertoZen/20130313/1363192999

(感想を書いた別ブログへのリンク)

 こうした言葉(宗教右派指導者たちの過激な発言。引用者注)が、なぜ多くの国民を熱狂させ、膨大な宗教保守層の共感を呼んだのか、多くのインテリには謎だった。だから、学者は、まず、社会心理学や社会病理の側面から分析しようとした。健全な精神を持った常識的な人間が、宗教右派を支持することはありえないという思い込みがその背景にあったのだろう。
 ウィスコンシン大学のロバート・ファウラー教授らの『アメリカの宗教と政治』は、宗教保守層の急激な拡大の理由を説明しようとする多くの理論を紹介している。その一つの理論は、「宗教保守層の市民たちは権威主義者であり、アメリカのように自由な社会では生きていけないと感じている人たちである」というものだ。しかし、意識調査をしてみると、宗教保守層が特別に権威的という結果は出てこなかった。
 次の理論は「宗教保守層は社会から疎外された人たちで、アメリカ社会に溶け込むことができず、アメリカそのものに敵対的な人たちだ」というものだったが、こちらも実地調査をしてみると、宗教保守層が、特別に社会から疎外されたグループと言うわけではなかった。他にも、「自分の社会的地位が没落した人は宗教的で保守的になる」のだとか、逆に「社会階層が上がったために活発になった」のだとか、社会階層を軸にした理論も紹介されたが、宗教保守は福音派だけでなくカトリックユダヤ系も含めた広範な層だったので、一つの社会階層で説明するのはほとんど不可能だった。
 これに対して、ジョージタウン大学の政治学者、クラウド・ウィルコックス教授は、宗教右派の台頭の背景には、社会学や心理学で説明しなくてはならないような”ミステリー”はどこにも存在しないという。宗教保守層が膨張した理由は単純で、リベラルの行き過ぎに反発していた国民の数が多かっただけだということだ。
 もう一つの分析は、宗教右派運動はポピュリズムの反乱だというものだ。歴史の中では、国の権力が少数エリートの手に握られて、民衆の声が届いていないという気持ちが広がると、それを変革しようとして大衆運動が起きることがしばしばある。アメリカでは、社会の道徳や宗教倫理が衰退していることに不満を抱く大衆によって、大覚醒という宗教リバイバル運動が 2 回も起きた。宗教右派運動も、こうした国民の間の不満を吸収した新たな運動だという見方である(以上、『アメリカの宗教と政治』から)。

pp. 199-200

 これを受けて、著者は、「宗教保守層というのは、奇怪な思想を抱く特殊な教派の世捨て人だとか、没落を恨む社会階層とかいう特別な人たちではない。普通の(保守的であることはもちろんだが)常識を持って、向こう三軒両隣で生活している市民だ」とまとめている。

 twitter の発言では、”ネトウヨ”と絡めてしまったけれど、あくまで、日本では「弱者がネトウヨになるのだ」という(それ自体差別的な)説明がなされることと、アメリカでは「社会的に没落した人々が宗教保守層になるのだ」という説明がかつてなされたことがあったことがパラレルだと思っただけで、上記の引用文のそれ以外の宗教保守に関する分析がネトウヨにもあてはめると主張するつもりはない、念の為。

 ちなみに『アメリカの宗教と政治』は本書巻末の参考文献によると次の著書だ。

Robert B. Fowler et.al. Religion and Politics in America, 1995

Religion And Politics In America,

Religion And Politics In America,

  • 作者: Robert Booth Fowler,Allen D. Hertzke,Laura R. Olson,Kevin R. Den Dulk
  • 出版社/メーカー: Westview Press
  • 発売日: 2004/08/06
  • メディア: ペーパーバック
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 邦訳はないみたい。 Amazon Review も絶賛ぞろいだし、 2010 に新版も出たみたいなので邦訳期待してる。