読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

ナボコフ家の人々の共感覚についてや「現実とは主観的なものだ」という意見、『ロリータ』創作余談などがおもしろかった、ナボコフのBBCインタビュー――”Strong Opinions”から

ナボコフ

 ウラジミール・ナボコフのインタビューや編集者への手紙、雑誌に載せた記事を収めた本、"Strong Opinions"(1973)についてはこれまでも本ブログで何回か面白そうなところを取り上げてきた。たとえば、ここ”考えることは天才的、書くものは並はずれた作家のもの、喋ると子供みたい”-V. ナボコフ, "Strong Opinions" の感想 - わが忘れなばとかここナボコフによるサルトル『嘔吐』(英訳)書評の感想-(V. ナボコフ, "Strong Opinions" から "SARTRE'S FIRST TRY") - わが忘れなばとか。

 最近また読みなおしてみてもおもしろかったので、二つ目に収録されている BBC によるインタビュー(1962)を紹介してみたい。ナボコフはここで、質問に答えながら、自分の認識論みたいなもの、(といってよいのかな? 『ナボコフの文学講義』にも出て来る現実="reality"とはきわめて主観的なものだという考え)やナボコフの二大アイコンであるチェスと蝶について、また、ナボコフ家の人々(ナボコフ、妻ヴェーラ、一人息子のドミートリ)が持っているという文字から色を感じる能力についてなど語っている。

 こんな感じ。

(訳はまあ、ぼくがしたものだからいろいろ間違いはいっぱいありましょう。。ご指摘いただければ、速やかに反映します。自分でも気付き次第直していきます。あと、原文はネットで読めるようですね。Nabokov's interview. (02) BBC Television [1962]

ロシアに帰国なさるおつもりはありますか?

 ぼくは絶対に戻るつもりはないよ、簡単な理由でぼくにとって必要なロシアはつねにぼくと共にあるからだ。それは文学、言語、そしてぼく自身の子供時代だ。ぼくは決して戻らない。決して降伏しない。それにどうしたって、警察国家のグロテスクな幻影をぼくの人生から払いのけることはないだろう。ロシアでぼくの作品が知られているとは思えない―ああ、たぶんかなりの数の読者はいるだろうね、でも忘れないでほしい。ロシアでは人びとは何を読んで何を考えるべきかを強制されている上にこの四十年間でとてつもなく野蛮になってしまったことを。ぼくは、アメリカでは他のどの国にいるよりも幸福を感じる。ぼくが自分の最良の読者を見出し、ぼくと最も考えの近い人々と出会ったのはアメリカでだよ。アメリカはぼくにとって知的な意味での故郷だ。ことばの真の意味における第二の故郷だ。


あなたは鱗翅類の専門家なのですか?

 そう、ぼくは鱗翅類の分類・変種・進化・構造・分布・習慣に興味をもっている。こういうとすごく大したことのように聞こえるけど、実際はぼくはある特定の蝶の専門家であるにすぎない。蝶についてのいくつかの研究をいろいろな専門の科学雑誌に寄稿してきた。――でももういちど繰り返しておきたいのは、ぼくの蝶に関する関心はもっぱら科学的なものだということだ。


あなたのお書きになるものとなんらかの関係はあるのでしょうか?

 大きな意味でならある、なぜならぼくは芸術作品においてはこの二つのもの、詩の正確さと純粋科学の興奮のある種の融合が存在すると考えているからだ。


新作『青白い炎』で、登場人物の一人が現実とは真の芸術にとって主題でも目的でもない、芸術はそれ自体の固有の現実を創りだすのだ、と言っています。現実とはなんなのですか? 

 現実とはまさに主観的な代物だ。ぼくはそれを情報の段階的な蓄積と特殊化とでも定義することしかできない。例えば、ユリを例にしてみよう、あるいはほかのどんな自然物でも構わないが、ユリは普通の人よりも博物学者にとってより現実的だ。しかし植物学者にとってはもっと現実的だ。更にもう一段高い現実がユリを専門としている植物学者によって到達される。いってみれば、どんどん、どんどん現実に近づいていくことができる。しかし決して十分ということはない、なぜなら現実とは無限の階梯であり、知覚の段階であり、ニセの底だからだ。それゆえ、到達することも触れることもできない。ある事物についてはいくらでも知ることができるが決して全てを知ることはできない。それはありえない。だからぼくたちは多かれ少なかれお化けめいたものに囲まれて生きることになる――例えば、この機械がそうだ。これはぼくにとっては完全にお化けみたいなものだ。これについては何一つ分からない、そう全くの神秘だ――ちょうどバイロン卿にとってそうであったように。


あなたは現実は非常に主観的なものだとおっしゃいましたが、あなたの本を読んでいると、あなたは(読者を)文学的に欺くことに皮肉な喜びを感じているように見えます。

 詰めチェスにおける偽手、手品師の行う奇術だね。ぼくは小さい頃よく手品をしたんだよ。簡単な手品が大好きだったんだ。水をワインに変えるとか、そんなものが。だけどぼくのような人はたくさんいると思うんだ、なぜなら全ての芸術は詐術なのだし、自然もまたそうなのだから。君は詩の歴史がどういうふうに始まったか知っているかい? ぼくはいつもこう思っている。穴居人の少年が生い茂った草原を走って洞窟に戻ってきて「狼だ、狼だ」と叫ぶのだが、狼はいないんだ。猿人に近い彼の両親は、真実について厳格なので、彼を鞭で打ちすえたが、間違いなく、詩は生まれたのだ。ホラ話(tall story)が、草原(tall grass)から生まれたんだ。


あなたはチェスや手品といったゲームの詐術についてお話になりましたが、あなた自身そういったものがお好きなのですか? 

 ぼくはチェスが好きだ。でも、チェスにおいて詐術はこのゲームの一部分でしかない。悦ばしい可能性、幻想、先を見通す思考、もちろんまちがっている場合もある、の結合の一部だ。ぼくは素晴らしい結合はいつでも詐術的な要素を含んでいるものだと思うね。


あなたは子供の頃のロシアの手品について言及されましたが、あなたのご本の中でもっと強烈な文章は失われた子供時代の思い出に関するものだったと思っている人もいます。記憶とはあなたにとってどのような重要性をもつものなのでしょう? 

 記憶とは、芸術家が使う数々の道具のうちの一つだ。そして、ある種の記憶は、たぶん感情的な記憶ではなく知的な記憶がそうなのだが、非常にもろいもので作者によって本の中に埋め込まれたり、登場人物たちに貸し与えてしまうと現実味を失ってしまいがちなんだ。


それはいったん作品に描くと思い出が色あせるという意味でしょうか? 

 ときにはね、だけどこれはある種の知的な記憶についてだけのことだ。しかし、たとえば、半世紀前のある夏の日に捕虫網をもって階段を駆け降りたぼくが感じた生家の客間に飾り付けられた花々の鮮やかさ。この種のことは完全に永遠不滅だ。決して変化することはない。何回でも登場人物たちに貸すことができる。こういった記憶はつねにぼくと共にある。赤い砂、白い庭のベンチ、黒いもみの木たち、全てが永久保存だ。これは全て愛に関わることだと思う。記憶への愛情が強いほど、それは強く奇妙なものになっていくんだ。ぼくが古い記憶、子供時代の記憶へ後の時代の記憶よりも熱い愛情を抱いているのは当然のことだと思う。だからぼくの頭の中では、イングランドでのケンブリッジやニュー・イングランドでのケンブリッジの記憶はやや薄れてしまっている。


あなたのような強烈な記憶力は創作の欲求に宿ったとお考えでしょうか? 

いや、そうは思わない。


同じような出来事がときには少しだけ形を変えて、何度も何も起きていますね。 

それは僕の小説の登場人物しだいだ。


長年アメリカで生活されていますが、いまだに御自身をロシア人だと感じていますか? 

 ぼくはまさにロシア人だと感じている。そしてぼくのロシア語で書いた作品―いくつもの長編小説に、詩、そして短編小説は、一種のロシアへの捧げものだと思っている。たぶんそれらはロシアでの子供時代が消失してしまったことによるショックが引き起こした大小の波なんだ。そして、最近ぼくは彼女への捧げものをプーシキンについての英語での仕事で行った。


なぜプーシキンについてそんなに熱烈な関心をもつのですか? 

 まずは翻訳、文学的な翻訳から始まった。ぼくは、それがとても困難な仕事だと思ったが、困難であれぼあるほど楽しいものにも思えた。だからプーシキンについてはあまりこだわってはいない――もちろんぼくはプーシキンに深い愛着を抱いている。かれは、ロシア最大の詩人だ、このことに何の疑いもない。――しかし、ここで再び何かをするための正しい道を探りだした興奮とプーシキンのリアリティへと近づくことの結合が起きた。実際のところぼくはロシア語に関わることに非常な関心をもっているし、丁度三十年前に書いた小説『賜物』の翻訳の手直しが終わったところだ。これはぼくのロシア時代の小説のなかで最も長い、たぶん一番上出来な、そしてもっともノスタルジックなものだ。そこには、二十年代におけるある若いロシア人亡命者のベルリンにおける冒険と文学とロマンスが語られている。だが、彼はぼく自身ではないよ。僕はよく気を付けてぼく自身が彼と重ならないようにしている。ただ、作品の背景だけがいくらか伝記的なところがあるね。あともうひとつこの小説に関してうれしいことがあるんだ。ぼくが書いた最良のロシア語の詩が、この小説に主人公の作品として出て来るんだ。


あなたが書いたものですか? 

 もちろんぼくが書いたものだよ。今ロシア語で暗誦しよう。説明するよ。二人の人物が出て来る。少年と少女だ。二人は日没を受ける橋の上に立っている。ツバメがかすめて飛んで行った。少年は少女を向いてこう言った。「教えてくれよ。きみはいつでもあのツバメを思い出せるか? 他のツバメじゃない今かすめていったあのツバメだよ」すると少女は言う。「もちろん、できるわ」そして二人は泣き出すんだ。

Odnahdy my pod-vecher oba
Stoyali na starom moustu
Skazhi mne, sprosil ya, do groba
Zapomnish'von lastochku tu?
I ty otvechala: eshchyo by!

I kak my zaplakali oba
Kak vskriknula zhizn' na letu!
Do zavtra, naveki, do groba,
Odnazhdy na starom mostu ...


あなたは何語で思考されているのですか? 

 思考はどんな言語でもしていない。イメージで考えているんだ。ぼくは人が言語で思考しているとは信じていない。考えるときに唇を動かしている人なんていないだろ。読んだり、考えたりするときに唇を動かしながらじゃないとできない無学な奴もいるけども。でも、ぼくはイメージで考えているんだ。そして、時によって、脳波の泡立ちの中からロシア語や英語のフレーズが形になるんだ。ただそれだけだ。


あなたはロシア語で執筆をはじめやがて英語に切り替えたのですね? 

 そうだよ。非常に難しい切り替えだった。ぼくの個人的な悲劇―他の誰の関心になるものでもなるべきでもないが―は、ぼくにとっての自然なことばを捨てなくてはならなかったことだ。ぼくの生まれながらの語彙を豊かで無限なロシア語を二流の雑種の英語に。


あなたは英語でもロシア語でも何冊も本をお書きになりましたが、その中で『ロリータ』だけが有名になりました。『ロリータ』の作者とみなされることにいら立つことはありませんか? 

 いや、そんなことは言わないよ、『ロリータ』は、ぼくにとって特別なお気に入りだからね。これは一番難解な本だ―この本ではぼくの生活からはとても遠く離れたテーマを扱っている。そこでぼくの現実創造の才能を使う喜びを味あわせてもらえたんだ。


この本が大成功して驚きになりましたか? 

 この本が出版されたこと自体に驚いたよ。


実際のところ、『ロリータ』を出版すべきではないのではないかと迷うことはありましたか? 

 いや、ない。結局のところ本を書いたということは近い将来の出版を望んでいたということを意味するよ。でもこの本が出版されて本当に嬉しかったよ。


『ロリータ』はどのように誕生したのですか? 

 彼女が生まれたのはだいぶ昔だ。間違いなく1939年のパリだ。『ロリータ』の最初の小さなうずきがぼくに訪れたのは'39 年かたぶん'40年の頭のパリにおいてだ。そのときぼくは非常に苦しい肋間神経痛のすさまじい発作で寝込んでいた。思い出せる限りでは、霊感の最初の震えは、奇妙にもある新聞記事によって引き起こされた。パリ動物園の類人猿につてのもので、"Paris Soir"に出ていたと思う。数月間科学者どもに訓練された類人猿がついに最初の木炭画を仕上げるのだが、そのスケッチは、新聞に再現されたところによると、この哀れな生き物の檻の格子を描いたものなんだ。

ハンバート・ハンバートという中年の誘拐者にはなんらかのモデルがいるのですか?

 いや、いない。彼はぼくが作った人間だ。あるオブセッションを抱えた男。ぼくの小説の登場人物たちにはそれぞれオブセッションを抱えたものが多いと思うが。しかし、彼は実在の人物ではない。彼が実在するのはぼくが本に書いたからだ。この本を書いている間、新聞のあっちこっちで中年の紳士が小さい女の子を追いかけます話をいくつも読んだものだ。なかなか面白い偶然だったがただそれだけだ。


ロリータにはモデルがいますか?

 いや、ロリータにはどんなモデルもないよ。彼女はぼくの頭の中で生まれた。決して実在したことはない。実際は、ぼくは小さい女の子のことなんてよく知らない。この主題を考えたときそういう知り合いは一人もいなかった。それ以降は会うこともあったが、しかし、ロリータはぼくの想像力の産物だ。


あなたはなぜ『ロリータ』を書いたのですか? 

 それは面白かったからだよ。ほかの本だってどんな理由で書くというんだい? それが悦びだから、それが困難だからだ。ぼくには特別の目的なんかないし、道徳的なメッセージもない。展開しようという一般論も持っていない。ぼくは、ただパズルと素敵な解答を作るだけだ。


どんなふうに書かれるのですか? どんな方法を使うのですか? 

 いまはインデックス・カードが一番いいと分かった。ぼくは第一章を書いてから順番に二章・三章と最後の章まで進んでいくわけではない。ぼくはただ絵の空白を埋めていくだけだ、ぼくの頭の中では極めて明瞭なジクソー・パズルのね。


あなたが他の点で通常の意識と違うのは、非常に色彩に魅力を感じている事ですね。

 色。ぼくは画家に生まれついたんだ、と思う、―本当だよ! ―14 歳までは毎日絵を書くことに一日の大半を費やしていたからね。そのころは、画家になるつもりだった。でも、画家になるだけの才能はなかったんだと思う。でも、色彩に対する感覚、色彩に対する愛、これを失ったことはない。また、ぼくには文字の色を感じるという変わった才能があるんだ。色を聞くというんだ。たぶん、千人に一人くらいいるんじゃないかな。でも、心理学者たちの言うところによるとこどもにはみんなこの能力があるのにそんなことは―A は黒、B は茶色―無意味だと聞かされて育つのでその能力を失ってしまうのだそうだ。


あなたのイニシャルの VN はどんな色なのですか? 

 V はある種の青白さ、透き通ったピンクだ。これは専門的には"quartz pink"というようだ。この色がぼくが V と結びつける色に最も近い色だ。そして N は灰色がかった黄色だ。ところが面白いことがあるんだ。ぼくの妻にもこの文字に色をみるとう才能があるのだが、彼女の見る色は完全に違うものなんだ。また、ある日我々夫婦が発見したんだが、息子が、そのときは小さなな子供だったが―たぶん10歳か11歳だったと思うが―また文字に色をみるんだ。すごく自然にこう言ったもんだ「ああ、これはこの色じゃないよ、これはこの色だ」などなど。そして私たちは息子に色をリストにするように言って、それである文字は息子にとっては紫で、ぼくにとってはピンク、そして妻にとっては青だということを発見したんだ。この文字は M だよ。そしてピンクと青の組み合わせは彼のばあいユリになるんだよ。まるで遺伝子が水彩絵の具で染まった様じゃないかい。

 
誰に向けてどんな読者のために書かれていますか? 

 芸術家は、読者のことなんか考えるべきでないというのがぼくの考えだ。芸術家の最良の観客はいつもひげをそる時にか鏡の中にいるあいつだよ。芸術家の想像する観客というのは部屋いっぱいにいる自分と同じ顔をした連中だよ。


あなたのご本の中では、仮面や変装にたいへんな関心がはらわれていますね。まるであなたが自分自身を何かから隠そうとしているようです。

 いやいや。ぼくはいつでもそこにいると思っているよ。難しいことはない。もちろん批評家どもの中にはフィクションの批評をするのに出て来る"I"をいちいち作者のことだと考える奴らがいる。最近でも、ニューヨーク・ブックレビューのある匿名の『青白い炎』の批評で、ぼくの作った人物の意見をいちいちぼくのものだと勘違いした奴がいた。もっとも、一部の登場人物にぼく自身の意見を語らせていることもあるが。『青白い炎』のジョン・シェイドがそうだ。彼はまさに僕の意見を語っている。この本の中の彼の詩で彼の述べている事は、ぼくの意見だ。彼はこう言っている、―引用してみよう、覚えていればの話だが、たぶんできるだろう。「ぼくの嫌いなものは、ジャズ、抽象主義派のがらくた、進歩的な学校、スーパーマーケットの音楽、スイミング・プール、冷酷な奴、退屈な奴、フロイトマルクス、ニセモノの思想家、詐欺、サメ。」こうだよ。


ジョン・シェイドも彼の創造主も明らかに社交的な人たちではないようですね。

 ぼくはどんなクラブにもグループにも所属していない。釣りも、料理も、ダンスも、本の宣伝も、サインも、宣言への共同署名も、カキを食べることも、酔っぱらうことも、教会に行くことも、精神分析にかかることも、デモに参加することもしない。


時々あなたの小説、―例えば『マルゴ』などですが―には残酷さまで達する倒錯的な傾向があるようにわたしには思えます。

 知らないよ。そうかもしれないね。ぼくの登場人物たちのなかには、確かに、野蛮な連中もいる。しかし、そんなことは実にどうでもいい。そいつらはぼくの内的な生活とは何の関係もない。実際、ぼくは残酷さを嫌悪する穏やかな中年の紳士だ。

(余力あれば、後で感想などを追記します)