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わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

(アメリカの)保守派は(アメリカの)リベラルより事実を曲解する度合いが強いという研究の紹介の紹介

クリス・ムーニーというアメリカ合衆国のジャーナリストの Salon.com の少し古い記事( 2012/8/27 )が面白そうなテーマだったので、読んでみた。

このコラムの内容は、ある共和党下院議員のとんでもない暴言(2012)をマクラにして、人は一般的に自分の信念に整合するように事実を捻じ曲げて理解してしまう傾向を持っているが、政治的保守派のほうがリベラルよりもその傾向が強い、という主張の論文を紹介したもの。(ただし、後半部では、保守であったり、リベラルであったりすることは、偏向の程度には関係ないということを示唆する別の研究者も紹介されていている)

右派は事実を曲解するという研究


新しい論文によると保守派の方がリベラルよりも事実を信念にあうように捻じ曲げる傾向が強い


先週、この国はミズーリ州の共和党下院議委員 Todd Akin の言った女性はレイプされても、特別な体の防衛機構によって妊娠することはないという間違った意見に対する怒りで震えた。 Akin の主張は極めて不快なので目立っているが、キリスト教保守派は自分たちの道徳的信念を正当化するために同様の怪しげな”事実”を持ち出してきた数多くの事例があることを思い出そう。例えば、妊娠中絶は乳がん精神障害の原因となるという主張。ヒトの進化の否定。両親が同性であると子供が傷つくという誤った主張。ゲイであることは個人の選んだことであり、セラピーによってその選択を覆すことができるという主張。レイプされた女性は生理学的な防衛機構があるので妊娠しないという馬鹿げた主張は、キリスト教右派の科学に対する道徳的感情的戦争におけるながながと続いてきた誤った信念のほんの一つでしかない。


実際、 Akin が軽蔑と怒りの嵐という報いを受けている頃に、ある科学論文が絶妙なタイミングで the journal Social Psychological and Personality Science に発表された。その論文では人々が自分の心の底からの信念や道徳システムを正当化するために事実を捻じ曲げる時に実際にどのようなことが起きているのかを明らかにした。おそらくもっとも興味深いことは、この論文によって Akin のような保守派はリベラルよりもはっきりと多くこのようなことをすようだと示唆されたことである。


近年、道徳心理学の分野では「道徳的直観主義」として知られる理論が強力な影響力を振るっている。この理論のチャンピョンは Virgina 大学の心理学者 Jonathan Haidt である。人は本来合理的に行動するものであるという見解に一撃を加え、 Haiat はその代わりに我々の正邪の判定は本能的な感情に由来していると仮定する。感情は、何かの道徳的状況やジレンマに遭遇したときに思考よりもはるかに早く動き出す。よって、私たちが事実や意見や新しい情報を評価するのは、潜在的にもともとの道徳的感情に導かれて行われる。このことの意味するところは、ーHaidt の有名な公式によればー私たちの根深い道徳や信念にとって重要な事実を評価することになると、私たちは科学者のようには振舞えないということである。それどころか、私たちは、弁護士のように振る舞う。つまり、道徳に関する主張を支持するように証拠を曲解するのである。


しかし私たちは同じ程度で弁護士として振舞っているのか? この新しい論文で、 California 大学 Irvine 校の心理学者 Brittany Liu と Peter Ditto は実はそうではないと言っている。


この研究において、 Liu と Ditto は 1,500 人を超す人々に四つの意見の分かれる政治的な問題についての道徳的および事実についての見解を質問した。そのうちの二つー死刑と水責めなどを用いたテロリストの取り調べーはリベラルが例え(犯罪を抑止するとか、さらなるテロリストの攻撃を防ぐための情報を得られるとかの)効果があるとしても質問の中の行為が道徳的に受け入れられないと考える傾向にあるものである。他の二つー性教育における避妊の知識の提供や ES 細胞の研究ーは保守派が例え(望まない妊娠を減らすとか、難病の治療につながるとかの)利益があるとしても受け入れがたいと思うものである。


この実験では、被験者はまず自分の絶対的な道徳上の信念について質問される。例えば、死刑は例え他の人犯罪から守られるとしても悪か? などである。しかし被験者はまた事実に関する各トピックの質問も受ける。 死刑は犯罪を抑止するか? 避妊具によって妊娠は避けられるか? ES 細胞によって医学は進歩するか? などである。


もしある人がある行為を絶対的に悪であると考えているなら、それで十分である。その行為が損害をもたらすとか利益をもたらすとかは考える必要がない。それは道徳的判断にとっては重要なことではないはずである。しかしデータを解析すると、Liu と Ditto は、 すべての話題について、あるものー例えば死刑ーが道徳的に間違っていると考えることと、そのことのもたらす利益が小さい(例え犯罪を減らさない)またはもたらす損害が大きい(多くの無実の人が死刑に処されている)と信じることには強い相関があることを見出した。つまり、リベラルと保守派は同様に道徳的信念に合わせて事実の評価を調整するという評価法を共有しているということである。 Liu と Ditto が倫理的見解と事実に関する見解の「道徳的一貫性」とよぶものである。「である」と「べき」を混乱している(道徳哲学者はこのように言うだろう)ということではどちらの陣営も無実ではない。


しかしながら、すべての人が同程度にこのように振舞ってしまいやすいわけではない。それどころか、研究者たちは、自分の道徳観に都合のいいように事実を曲解してしまう人間の標準的な傾向を悪化させる三つの危険要素があることを見出した。そのうちの二つは特に驚くようなものではない。即ち、その話題について強い道徳観を持っていることと、そのことについて多くの知識があることは同様に、「道徳的一貫性」への傾斜を悪化させると分かった。(いろいろな研究によると、知識[を増しても]は私たちは単に既に信じていることをよりうまく弁護できるようになるだけであるようだ)しかし三つ目の危険因子は極めて論争的である。つまり三つ目の要因は政治的保守主義である。


この研究において、 Liu と Ditto は、保守派は事実に対する見解を自分の道徳的信念に沿うように曲解することをリベラルがやるよりも、すべての課題について、より多く行ったと報告している。そしてこれはリベラルが反対する項目(死刑)でも保守が反対する項目(ES 細胞の研究)でもそうなのである。 Liu はあるインタビューで「保守派は、四つの項目すべてについて、リベラルよりも大きな程度でこのようなことをしている。二つはリベラルサイドに属する信念で、保守サイドではないのに」と答えている。


リベラルー保守派の心理学的な相違については長きにわたる(論争的ともいえる)研究の蓄積があり、そこからなぜこのような結果になるかの答えが得られそうだ。Liu の書いていることによると、保守派は認知的閉鎖欲求という特質で高いスコアを付けている。認知的閉鎖欲求とは不確かさを嫌い断固とした信念を持つことを欲する感情を意味する。認知的閉鎖欲求は人を首尾一貫した整合性のある信念を保持したいという思いに向かわせる。そして曖昧さに対して耐えがたいという気持ちにさせる。 同じようにして自分の事実と道徳的見解の間の「道徳的な一貫性」を達成したいという欲求も説明がつく。この解釈に従えば保守派は事実と自分の道徳体系が完全に一直線上にあるという信念を自然に抱きやすいということになるだろう。対して、リベラルはもっと矛盾している。ES 細胞の研究は支持しているが、私たちが十年ほど前に散々聞かされた科学上の約束が果たされるかについては疑いを感じてもいる。


何が事実として真であるかについての感情的な推論についての左派ー右派の明らかな違いについて述べる中で、この新しい論文は Yale の研究者 Dan Kahan が「イデオロギーの非対称性」と名付けた進行中の議論に踏み込んでいる。これは政治的立場のある一方は、もう一方の立場よりも、事実の判定にバイアスをかけるという考えで、 Kahan が批判している見解である。実際、彼の最近の別の研究によれば、リベラルも保守派も同じように偏向していることが見出された。ただし、調査は政治的な事柄についてではないが。


なぜある研究では左派ー右派の非対称性を示す仮説が支持され、別の研究ではその反対が示されるのかはまだ分かっていない。しかし Liu と Ditto の論文によって確かに研究は進んだと言えるだろう。実際、 Kahan は既にこの論文についての議論に参加していて、この論文が非対称性を支持する証拠を与えていることは認めている。しかし、彼の立場から見れば、他の研究によって得られた非対称性反対する証拠ももっと重要なのである。


結論は、今のところ、全ての人が目的指向の思考に引き付けられて、自分の道徳観と信念の体系に従って事実を捻じ曲げることは否定しがたいということである。しかし、全ての人が自分の信念や感情によって偏向しているとしても、一部の人はさらに偏向しているというのも真実かもしれない。


参照されている B. Liu & P. Ditto の論文はこれWhat Dilemma? Moral Evaluation Shapes Factual Beliefだろう。


Dan Kahan のこの論文に関する議論はココ。www.culturalcognition.net - Cultural Cognition Blog - Motivated consequentialist reasoning


Jonathan Haidt の「有名な公式」として リンクされている論文は、http://www.motherjones.com/files/emotional_dog_and_rational_tail.pdf


クリス・ムーニー(1977-)は、アメリカ合衆国のジャーナリストで、The Republican War on Science (2005) や Storm World, Politics, and the Battle Global Warming (2007), The Republican Brain (2013) といった著書がある。もともと American Prospect というリベラルな雑誌のライターをしていて、その後フリーランスのライターとして、Slate や Salon.com や Washington Post などの雑誌に寄稿していたらしい。(<- 以上 Wikipedia 知識)現在は、 Washington Post のスタッフ・ライターとしてエネルギーや環境に関する問題を担当しているそうだ。Big News: I’m Moving to the Washington Post


単著の邦訳はないみたいだけど、Michel E. Mann 著, 藤倉良・ 桂井太郎訳『地球温暖化論争ー標的にされたホッケースティック曲線』(化学同人,2014)に The Republican War on Science が引用されていた。(立ち読みですが...)


書評などを読むと、米の保守派の地球温暖化否認論や進化論否定への傾きを批判するというのが主な執筆テーマのようだ。


The Republican War on Science (『共和党の科学への戦争』)は、 2005 年のベストセラーだとか。

ぼくが、ムーニーの名前を知ったのは、 twitter やブログの記事で The Republican Brain (『共和党脳』)の紹介を読んだから。