わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

オープンアクセス誌向けのソーカル事件

ポール・J・シルヴィア『できる研究者の論文生産術』(高橋さきの訳、講談社、2015)という本を読んでます。心理学者が書いた「論文をなかなか書かない学者」の言い訳を粉砕する本で、「一気書き」に逃げるよりも、きちんとスケジューリングして少しづつ書いていけよ、という主張はこう書くと当たり前みたいですが、具体例や心理学の著書の引用などが付いていると説得力が。本の語りかける対象が学者や大学院生と限定されていますが、自由業や趣味で何かを書きたい人なんかにももう少し広く役に立つ射程があるのではと。

ところで、少し旧聞ですが、この本とは全く関係のないやり方で、2013 年に、10 ヵ月で 157 報もの学術雑誌での採用を勝ち取った人物が話題になったことが。しかし、この論文は、実は一部のパラメータを変えただけで全部おんなじような内容で、しかもでたらめ。さらに、投稿した学術雑誌に共通点があって、全部オープンアクセスの雑誌。つまり、オープンアクセスの雑誌が、でたらめ論文を見抜けるかどうかテストして 304 の学術雑誌に投稿したら 157 誌が採用してしまったという結果が出てしまったのでした( 不採用にしたのは 98 で、残りは放置されたか査読中のママ待たされているもの)。

オープンアクセス誌というのは、学術論文を web 上でオープンにして誰でも読めるようにしようというコンセプトの雑誌のこと。普通の雑誌は、大学などが払う「定期購読料」によって成り立っていて、定期購読料を払っている組織に属している人たちしか読むことはできないのですが、オープンアクセス誌の場合は、論文の著者たちが論文が出版されるときに手数料を払い、それで成り立っているので、誰でも読むことができます。

科学的な成果に自由に誰でもアクセスできるようになるのは、研究者にとっては、もちろん、そうじゃない人にとっても利益があることだと思うので、学術出版全体の趨勢としてはだんだんオープンアクセス誌が主流になっていくという方向に向かうのだろうと漠然と思っています。PLOS ONE のような有力なオープンアクセス誌が増えていったり、既存の出版社がオープンアクセス誌を増やしていったり、従来の有力雑誌もオープンアクセスの記事や論文を増やしていったり、と。

しかし、オープンアクセス誌で問題になっているのは、論文の品質管理がきちんとできていないんじゃないかということです。

そこで、2012 年に J Bohannon という人がさっき書いたような囮捜査をして、オープンアクセス誌が Bohanon のでっち上げたインチキ論文にどれだけはまるかを調べました。その結果は、2013 年に Science に "Who's afraid of Peer-Review?"(『ピアレビューなんてこわくない』)というタイトルの記事で発表されました。

こんな内容の記事です(http://www.sciencemag.org/content/342/6154/60.summary

ピアレビューなんてこわくない


John Bohannon


7 月 4 日、Asmara の Wassee 医学研究所の生物学者 Ocorrafoo Cobange の受信箱によい知らせが届いた。彼が二ヶ月前に the Journal of Natural Pharmaceuticals に投稿した、地衣類から抽出した化学物質の抗がん性について述べた論文が受理されたことを伝える正式な手紙だった。


実は、そいつは速やかに不採用になるべきだったのだが。高校以上の化学の知識があって基本的なデータプロットが理解できる能力があればどんな査読者でもこの論文の欠点がたちどころに見当がつくはずだ。その論文の実験にはどうしようもない間違いがあり、結果はまるで意味がないのだ。


私がなぜ知っているかというと、その論文を書いたのは私だからだ。Ocorrafo Cobange なんていやしないし、Wassee 医学研究所なんてのもありはしない。過去 10 ヵ月以上をかけて、私は夢のようなクスリについての 304 バージョンの論文をオープンアクセスジャーナルに投稿してきた。半分以上の雑誌が、どうしょうもない間違いに気づくことなく論文を採択した。この目立つ結果だけでなく、今回のおとり捜査によって学術出版に出現したワイルドウエストの正体が見えてきたのだ。


慎ましく、理想主義的な始まりから 10 年の時を経て、オープンアクセスの科学雑誌はグローバル産業へと大成長を遂げた。その原動力は著者の払う手数料であり、伝統的な定期購読料ではない。 ほとんどの場合、プレイヤーの姿はよく見えない。雑誌の編集者がどこの誰であるかは、出版社に金を出している連中と同様、しばしば故意に隠されている。しかし、 Science の調査によっていろいろなことが見えてきた。雑誌の編集者が送ってきた e-mail のヘッダーの IP アドレスを追跡した結果、彼らが所在地をごまかしていることが分かった。出版手数料の請求書によると銀行口座のネットワークはほとんどの場合発展途上国にあることが分かった。そして論文が受理されたか不採用になったかで、オープンアクセス科学産業のピアレビューの全容を垣間見えることができる。


The Journal of Natural Pharmaceuticals のピアレビューを信用していた人もいたかもしれない。曰く、「望ましい薬理学上の効果を持つ天然物に案する高品質な研究論文、速報、レビューの提供目指す査読付き雑誌」と言うのだから。編集者や顧問は世界中の大学の薬理科学の教授たちである。


この雑誌は Medknow という出版社によって発行されている 270 以上の雑誌の一つだ。 Medknow はインドの Mumbai にある会社で、世界最大のオープンアクセス出版社の一つだ。Medknow のウェブサイトによれば、毎月 2 百万もの論文が研究者たちによってダウンロードされているという。Medknow は 2011 年に Wolter Kluwer に買収されたが、買収額は公表されていない。この会社はオランダに本拠地を置く多国籍企業で世界の指導的な医学情報の提供者で年に 50 億ドル近い利益を上げている。


しかし キプロス の Gazimagosa にある Eastern Mediterranean 大学の 薬理学教授 IIkay Orhan がチーフを務める the Journal of Natural Pharmaceuticals の編集チームは架空の人物である Cobange にこの論文について表面上の変更-文献参照の形式を変えることと概要をもっとながくすることーを要求しただけで 51 日で受理してしまった。この論文の科学的な内容については全く気にもとめられていなかった。Science 宛のメールで、雑誌のマネージングエディターで、サウジアラビアの Al-Hasa にある King Faisal 大学の薬理学の教授である Mueen Ahmed はその年の末までに雑誌を拝観にすると告げた。曰く、「とても残念なことですが」。Orhan によれば、過去二年間の間、雑誌に関わる事務を Ahmed の率いるスタッフに丸投げにしていたという。(Ahmed もこれを認めた。)Orhan は「もう少し注意深くあるべきでした」と言う。


受理する方が普通で、例外ではないのだ。例の論文は巨大企業である Sage や Elsevier の主宰する雑誌にも受理された。論文は日本の神戸大学のような有名な大学の機関が発行する雑誌にも受理された。科学協会誌にも受理された。雑誌のトピックと全くふさわしくないような、journal of Experimental & Clinical Assisted Reproduction のような雑誌にも受理された。


不採用の理由はそれぞれだ。[論文の]質の管理がお粗末だと批判され続けていた雑誌で、一番厳密なピアレビュを提供したものがあった。例えば、 Public Library of Science の最重要雑誌 PLOS ONE は例の論文に潜む倫理的な問題、実験用の細胞をつくるのに使った動物たちの扱いについての文書が欠けているなど、への注意を促した唯一の雑誌だった。PLOS ONE 誌は、査読に送る前に、架空の著者に対してあれやこれやの本当な科学研究に必要な条件を満たしているかどうかを確認してきた。PLOS ONE 誌は科学的な質を理由に二週間後に例の論文を不採用にした。

ウサギ穴に落ちる


物語は、2012 年の 6 月に Science 誌の編集スタッフが Pennsylvania 大学の生物学者 David Roos からの e-mail のスレッドを回してきたときに始まる。そのスレッドではナイジェリアの Port Harcourt 大学の生物学者 Aline Noutcha の[論文]出版にまつわる悲哀物語が詳しく説明されていた。彼女はその前の年の 1 月ににマリで Roos が主催した研究ワークシップに参加し、 Culex quinquefasciatus という西ナイルウィルスなどの病原体を運ぶ蚊についての研究を出版しようとしていた。


Noutcha はその論文を Public Health Research というオープンアクセス誌に投稿した、彼女は出版には費用がかからないと信じていたと言っていた、彼女の大学の同僚は同じ出版社、 Scientifiv & Academic Publishing Co. (SAP) から出ている別の雑誌にタダで論文を出版してばかりだったから。そしてその出版社のサイトには費用については何も言及がなかったから。 Noutcha の論文が受理されたあと、彼女が言うには、 $ 150 を出版手数料といて払うように要求された。ナイジェリア出身なので 50 % 割引だ。多くの発展途上国の科学者と同じように、 Noutcha はクレジットカードを持っていないので、インターネットバンクで送金することは面倒でもあり費用がかかることでもあった。彼女は最後にはアメリカ合衆国の友達に $ 90 まで負けさせた費用を払ってもらって、論文は出版された。


Roos はこんなものは「科学研究のコミュニティに寄生する」詐欺的オープンアクセス誌の傾向の一部だと訴えていた。私は Scientific & Academic Publishing の調査をした。ウェブサイトによると、「SAP は世界の研究および学術コミュニティを提供し、専門的かつ学術的な科学者のための最大の一つ出版社になることを目指しています」ということだ。 200 近くの雑誌のリストの中から、たまたま目に付いたものをランダムに一つ選んでみた。 The American Journal of Polymer Science は「巨大分子の調整と性質に関する根本的かつ国際的な研究を入念なピアレビュを通して普及させるための絶え間ない討論の場」と自己紹介している。この文章を検索エンジンに放り込んむと、たちまちこの部分が 1946 年創刊の Willy の権威ある雑誌 the Journal of Polymer Science のウェブサイトを切り貼りしたものだと分かった。


私は the American Journal of Polymer Science に関するものが本当にアメリカにあるのか疑いはじめた。 SAP のウェブサイトの主張によれば例の雑誌はロサンジェルスで刊行されているという。その住所はただの高速道路の交差点にすぎず、電話番号は全く記されていない。


私は雑誌の編集者や査読者に名前が挙げられている人たち何人かと連絡を取ってみた。返信のあったごくわずかな人たちが言うには、彼らはほとんど全く SAP と連絡を取ったことはないそうだ。 Maria Raimo というイタリアのナポリにある高分子科学技術研究所の化学者は、その時点から 4ヶ月前にレビューアーになってくれという e-mail を受け取った。この時点では、彼女は1通の論文を受け取っただけだったーあまりにも貧弱なので、「ジョークかと思いました」と言うことだ。


David Thomas という聞いたこともない組織に所属するチーフ編集者に抗議したにもかかわらず、その論文はその雑誌から出版された。Raimo によると彼女は発行人から外して欲しいと要求したそうだ。いまでは、それから1年以上経ったのに例の雑誌は Raimo を査読者としてオンラインでリストに載せている。


SAP の編集者たちに e-mail を送ってか1ヶ月以上経って、ついに返信を受け取った。Charles Duke と名乗る誰かはーブロークン・イングリッシュでー SAP はカリフォルニアに拠点を持つアメリカの出版社だと何度も繰り返した。彼の e-mail が届いたのは東部時間で 3 a.m. だった。


Noutcha の経験を再現するために、私は自分で論文を SAP の雑誌に投稿することにした、そして見えない出版界の地形を明らかにするためには、全オープンアクセス界に対してこの再現実験を仕掛けなくてはいけないのだろう。

標的

信頼できるオープンアクセス誌の紳士録といえば、the Directory of Open Access Journals (DOAJ) だ。10年前に Lars Bjornshauge というスェーデンの Lund 大学の図書館学者によって創られた DOAJ は急速に成長を続け、去年だけで 1000 タイトルも新たに追加した。自分の計画を打ち明けないまま、DOAJ のスタッフ数人に雑誌はどのようにしてリストに追加されるのかと尋ねた。DOAJ の Linea Stenson によると「最初に雑誌が候補に上がるのは、私たちのウェブサイトのフォーラムを通してです」ということだ。「雑誌の出版が十分でなければ、編集者か出版人に連絡を取り、十分な出版点数が溜まったらまた連絡してくれるようにお願いします」雑誌をリストに載せる前の段階では、出版社から提供された情報を基に審査をおこうなうのだ。2012 年の 10 月 2 日、私が囮捜査を始めたとにには、DOAJ には 8250 の雑誌とそれぞれについて大量のメタデータ、出版社の名前や URL 、創立年、関心範囲など、が含まれていた。


ここにもう一つの別のリストがあるー雑誌が恐れを抱く。それはデンバーコロラド大学の図書館学者 Jeffrey Beal が主催している。彼のリストは、インターネット上の一ページ上で彼が「プレデター」出版社と呼ぶ悪質な雑誌の名前を公表している。 ここには Beall が専門的な訓練がなされていないとみなしたものー不明瞭な手数料や貧弱な規定しかない編集体制から拙い英語までー、最後の基準は、アメリカ以外の出版社に不利であると批判されている。


バットマンさながら、 Beall は自分が守ろうとする人たちから不審の目を向けられている。コーネル大学の物理学者で、物理学の多くの分野で主要な出版プラットホームとなっているプレプリントサーバー arXiv を立ち上げた Paul Ginsparg は、「彼のしていることは、とてつもなく有意義なことだ」と言う。「しかし、彼は少し好戦的すぎるのだ」とも。


私は Beall にどのようにして学術犯罪との闘いを始めたのかと尋ねた。彼の答えは問題が「無視するにはあまりにも悪質になったらだけだ」。彼が言うには、昨年人口「爆発」が起きた。2012 年の 3 月には Beall が数えていたプレデターオープンアクセス誌は 59 だった。3ヶ月後には倍になった。そしてその比率は、 DOAJ の成長を上回り続けている。


私の調査に相応しい雑誌のリストを作るために、 DOAJ を篩にかけ、英語で出版されていないものと標準で手数料を要求していないものを除いた。 438 社が出す 3054 の雑誌が残った。Beall のリストには 2012 年の 10 月 4 日に引っ張ってきた限りで、 181 の出版社が名指しされたいた。オーバーラップは 35 社だった。つまり、 Beall の言う「プレデター」出版社の 1/5 が少なくとも一つの雑誌を DOAJ のリストに忍び込ませていたということだ。


私はさら科学、少なくとも生物、化学、医学のどれか一つにでも関心のない雑誌の出版社を削って、リストをさらに短くした。最終的な標的のリストは 304 のオープンアクセス出版になった: 167 は DOAJ に、 121 は Beall のリストに、そして 16 はどちらにも載っている。(すべての出版社、論文、責任者へのリンクはオンラインで http://scim.ag/OA-Sting から見ることができる。)

ワナ

目標は信用できそうだがありふれている科学論文をつくることだ。ただし、そこには深刻な間違いがあって力量のある査読者なら簡単に欠陥があって出版できないと気づきべき代物を。全く同じ論文を100単位の雑誌に投稿するのはトラブルを招きかねない、しかし雑誌同士の反応が比較可能であるくらいには論文はよく似ていなくてはならない。そこで私は科学論文版のマッドライブスをつくった。


その論文の形式はこうだ:分子 X は地衣類 Y から抽出されたもので癌細胞 Z の成長を抑制する。この変数に代入するために、分子、地衣類、癌細胞系列のデーターベースを作成し、数百の独自の論文を生成するコンピュータ・プログラムを書いた。これら以外の点においては、それぞれの論文の科学的内容は同一である。


架空の著者は架空のアフリカの研究所に属している。Ocorrafoo M. Cobange などの著者名は、オンラインデータベースから取ってきたアフリカのファーストネームとラストネームをランダムに突っ込み、ミドルネームのイニシャルをランダムに決めてつくった。Wassee 医学研究所のような所属に関しては、スワヒリ語の単語とアフリカの名前と一般的な研究所を表す言葉とアフリカの首都の市をランダムに組み合わせてつくった。私の意図は、発展途上国の著者と組織を使うことで、好奇心の強い編集者が著者や組織についてインターネット上に何も見つからなくても疑いを抱くことが少なくなるのではないかということだった。


論文では、テスト用のチューブの中で分子の濃度を上げていくにつれて、癌細胞の成長がゆっくりになっていくかどうかという単純なテストが記述されている。第二実験ではガンの放射線療法をシミュレートするために放射線照射の量を増加させて細胞を扱った。すべての論文のデータは同一なので、結果も同じである。つまり、分子はガン細胞の成長の強い抑制剤であるし、放射線治療の感度を増加させる、というものである。


論文には多くの[危険を知らせる]赤い旗がある。特に明らかなのは一つ目のデータのプロットだ。グラフの脚注では、「[放射線]量依存」のガン細胞成長の効果が示されているーこの論文の中心的な結果であるーと主張されているが、しかし、データが示しているのは明らかに逆のことなのだ。分子は、ピコモーラーレベルまで、10 の5乗の範囲に渡ってテストされている。そして、しかしながら、細胞への影響は大したものではなく、全ての濃度で同じくらいなのだ。


論文の実験方法を書いたセクションを見れば、なぜこのような変な結果が出たか一目で分かる。分子は通常では考えられない大量のエタノールを含んだバッファーに溶かされていた。大将軍となる細胞も同じバッファーに溶かすべきだったのに、そうはされていなかった。よって、観測された細胞増殖に対する「効果」は、よく知られたアルコールの細胞毒性以外の何物でもないのである。


二番目の実験はなおさらデタラメだ。対照とされる細胞は全然放射線にさらされていなかったのである。よって観測された「相互作用効果」なるものは、通常の放射線による細胞増殖の抑制以外の何物でもないのである。実際、こんな実験からではどんな結論も引き出せなかったろう。


論文がどうにも問題があることと投稿に問題がないことを確かめるために、ハーバード大学の別の二つのグループの分子生物学者に仮の査読者になってもらった。最初に、発展途上国の論文を査読した経験から、ネィティブの英語では怪しまれるかもしれないという反応をもらった。そこで私は論文を Google 翻訳でフランス語に直し、それを英語に真央すということをした、最悪の誤訳を直した後、文法的には正しいが、非英語圏の話者の言い回しを含んだ論文が出来上がった。


研究者たちの助けによって科学的な間違いが微調整され、明らかかつ「どうしょうもなく悪質」なものになった。例えば、初期のドラフトでは、データは説明がつかないほど珍奇なものでなんだか「おもしろそう」だったーそれがもしかしたら科学的なブレイクスルーなのかもしれないと思わせた。それらを査読者が簡単に[出版を]止めさせられるようによくある間違いに調整した。


論文の最後の文章はそこまで読んだ査読者の気持ちを挫くようなものにした。「次の段階で、分子 X が動物と人間のガンに効果的であることを証明しようと思う。分子 X はガンの放射線併用つりょうの役に立つ新薬であると結論する」たとえ科学的な間違いにもかかわらず論文を不採用にしようと思わなかったとしても、これでは、あきらかになすべき臨床試験が無視されていることになる。

囮捜査

2013 年の 1 月から 8 月にかけて、一週間に 10 報の割合で論文を投稿した。つまり、各々の出版社につき1雑誌、一報である。論文の主題に一番近い雑誌を選んだ。まずは、薬学かガン生物学、そして一般的な医学、物理学、化学。最初は、いくつかの Yahoo e-mail アドレスを使い、その後はついに自動投稿のために、自分の e-mail サービスドメインである afra-mail.com を使った。


いくつかの雑誌は投稿前に手数料を要求してきた。そいつらは標的リストからは外した。その他はオープンアクセス誌の「理想」形だった。つまり、出版されれば、手数料を払う。


もし雑誌が論文を不採用にすれば、この工程は終わりだった。もし雑誌がレイアウトや形式を変更するように査読コメントを送ってくれば、直して再投稿した。もし査読が論文の重大な科学的間違いについて指摘してくれば、うわべだけ進歩させたー写真を少し増やすとか、形式を複雑にするとか、方法に余計な細かい説明をつけるとかーしかしどうしょうもない間違いは手をつけていない「改訂版」を送った。


雑誌に論文が採用されたら、ありそうな email を編集者に送った。「残念ながら、草稿を見直しているうちに、お恥ずかしい間違いを発見しました。今では、論文の結論を台無しにする実験場の間違いを見つけました」そして論文を撤回した。

結果

Science が印刷される時までに、 157 の雑誌が例の論文を受理し 98 が不採用にした。残った 49 誌のうち、 29 は放置したようだ。といのもウェブサイトを創立者たちが放棄しているからだ。他の 20 の編集者からは架空の責任著者に対して論文は査読中であるという e-mail を寄越していた。よって、これらも、また、今回の分析からは除外する。受理には平均で 40 日かかったのに対して、不採用には 24 日を使った。


受理または不採用に至る全編集工程を経た 255 報の論文のうちで、約 60% の最終決定がなんらの査読の形跡もなく行われた。不採用の場合は、これはいいニュースだ。つまり、その雑誌の品質管理能力は編集者が論文を吟味しただけで査読に送らないと決定できるほど高いということになるからだ。しかし採用の場合は、誰も論文を読まないで安易に採用を決めたのかもしれないということになる。


明らかに何かの査読を行った 106 誌のうち、 70 % が最後には例の論文を受理した。ほとんどの査読者が論文の体裁や形式、それに言葉についてばかり言ってきた。この囮捜査は多くのまっとうな査読者の時間を無駄にしたりはしなかった。 304 の投稿のうち 36 のみが論文の科学上の問題についてなんらかの理解をしている査読コメントを引き出した。そしてそのうちの 16 が査読者の要求に反して編集者によって受理された。


この結果から Beall がうまく品質管理がなっていない出版社を発見していることが分かった。彼のリストに載っていて査読プロセスを完了した出版社の 82% が論文を受理したからだ。もちろん、約 1/5 は彼のリストに載っていいても正しい仕事をしたということでもあるー少なくとも私の投稿に関しては。もっと衝撃なのは、DOAJ に載っていて査読を終了した出版社の 45 % がインチキ論文を受理してしまったことだ。「信じがたいことだ」と言ったのは、 DOAJ の設立者、Bjørnshauge。「これまで参入には新しい厳しい基準を設けようとコミュニティで頑張ってきたのに」一方、Beall は囮捜査の始まった年にこう注意している。「プレデター出版社とプレデター雑誌は急激なペースで増え続けている」


明らかになったオープンあくせす出版社、編集者や銀行口座の世界での分布は種劇的なものだ。ほとんどの出版運営者は本当の地理的な所在地をごまかしている。彼らは the American Jurnal of Medical and Dental Science とか the Europian Journal of Chemistry とかいう名前を雑誌に付けて、西側諸国の学術出版社のフリをー場合によっては文字通りニセモノをつくろうとーしている。しかし IP アドレスや銀行の請求書から明らかになった場所は大陸からして違った。その二つの雑誌は、それぞれ、パキスタンとトルコで出版されている。しかも、二誌とも受理した。The Europian Journal of Chemistry のチーフ編集者, Hakan Arslan はトルコの Mersin 大学で科学の教授を務めているが、この事態をピアレビューの失敗ではなく、信用の破壊だと見なした。論文が投稿されたとき、彼の書いた e-mail にはこうあった。「あなたの論文は独自のものであり、提供された情報は[全て]正しいものだと信じています」The American JOurnal of Medical and Dental Science は e-mail に返事を寄越さなかった。


今回の囮捜査の標的になった雑誌の 1/3 がー明らかにしているものも編集者の居場所や銀行口座から明らかになったものもあるがーインドに拠点を置いていた。そこは世界最大のオープンアクセス出版業の拠点である。そして私のサンプルの中のインドに拠点を置いている雑誌のうち、64 誌がどうしょうもない例の論文を受理し、 15 誌のみが不採用にした。合衆国は次に多くのオープンアクセス誌を抱える国である。ここでは 29 が採用し 26 が不採用にした。(オープンアクセス誌の世界中の広がりは http://scim.ag/OA-Sting で見ることができる)


しかし編集者や銀行口座が発展途上国にある場合でも、最終的に利益を吸い上げる会社は合衆国やヨーロッパにあるのかもしれない。あるケースでは、学術出版の大ボスは鎖の頂点に鎮座している。


Elsevier, Wolters Kluwer, Sage から出ている雑誌はみんな私のインチキ論文を受理した。Wolters Kluwer Health は Medknows の雑誌の責任部署だが、「厳格なピアレビューの工程と医学雑誌編集国際会議と世界医学編集者協会の最新の勧告に従うことを誓う」と、Wilters Kluwer の代表者の姓名をe-mail で伝えた。「直ぐに対応し、the Journal of Natural Pharmaceuticals は廃刊します」


2012 年に、Sage は the Independent Publishers Guild のその年の学術及び専門出版者を受賞した。私のインチキ論文を受賞した SAGE の出版物は、 the Journal of International Medical Research だ。論文の科学上の中身を買えるような注文を全く付けずに、雑誌は受理したという知らせと $300 の請求書を送ってきた。「私はこのパロディ論文が編集工程をすり抜けてしまったことについて全責任をとります」と編集長で London の King’s College の薬学教授で王立精神分析協会のフェローである Malcom Lader は、 e-mai でl書いた。しかし、彼は、受理が必ずしも出版を保証していなかったかもしれないと注記している。つまり「出版社がお金の支払いを要求するのは、第二段階、つまり専門的な編集[の段階]が詳細かつお金が非常にかかるからです… 論文はこの段階でも、矛盾点が雑誌の満足いくまで明確にされなければ、まだ不採用になる可能性はあります」ということだ。Kader はこの囮捜査は、広範な、悪質な作用もあると論難する。「信頼という要素は不利な国々を含んで行うような調査には不可欠なものです。あなた方の活動はその信頼を傷つけるものです」と彼は、書いた。


Elsevier の論文を受理した雑誌、 Drug Invention Today は実は Elsevier の所有しているものではない、というのは、 Elsevier global corporate relations の副総裁である Tom Reller の言葉。「別の人のために出版しています」Science 誌への e-mail の中で、雑誌のウェブサイトに編集長として書かれている人物である、Raghavendra Kulkarn という、インド、Bijapur の BLDEA College of Pharmacy の薬学教授は 4 月、雑誌の所有者が「編集作業を始めめて」
以来「 Elsevier による編集過程には関わっていない」と断言した。「雑誌が Elsevier のプラットフォームに当たっては、一連の基準によって全ての雑誌が審査されます」と Reller は言っている。囮捜査の結果として、「これからは別の査定をします」ということだ。


The Kobe Journal of Medical Science の編集長、日本の Kobe University の教授である Shun-ichi Nakamura は e-mail に対してどれも返事を寄越さなかった。しかし彼の秘書, Reiko Kharbas が書いたところによると、 「受理の手紙を受け取ったことについてですが、 Dr. Obalanefah は論文を撤回しました」、これは論文を受理した雑誌に送った最終の e-mail についての言及だ。「よって、私どもの送った受理の論文は…なんの意味もありません」。


他の出版社は幸いにも弾丸を避けることができた。「これでわれわれのシステムが正常に働いていると信用できるでしょう」と Hindawi という Cairo のオープンアクセス誌の戦略部長である Paul Peters は言う。Hindawi はとてつもない組織である、 1000 人の頑強な編集者たちが 559 の雑誌から出る 年間 25,000 以上もの記事を切り盛りしている。 Hindawi が 2004 年にオープンアクセス事業を始めた時には、「素人みたいでした」と Peters は認めている。しかしそれ以来、彼が言うには、「出版倫理」が彼らのマントラであったのだ。Hindawi の雑誌である Chemotherapy Research and Practice は明らかな間違いを見つけて例の論文を不採用にした。ある編集者は HIndawi の別の雑誌、 ISRN Oncology にも試してみるように勧めてくれた。そして、そこもこの投稿を不採用にした。

最終楽章

囮捜査を始める時に、私はオープンアクセスに深い関心を持つ科学者の少人数のグループと協議をした。オープンアクセスモデルそれ自体がこの Science の調査によって明らかにされた品質管理のまずさの責任を負うのではないという人がいた。もし私が、伝統的な、講読料で成り立っている雑誌を標的にしても、Roots は「君は同じような結果を得たんじゃないかと疑われてならないんだよ」ということだ。「しかしオープンアクセスによって低層の雑誌が増え、そこから出てくる論文も増えた。誰でもオープンアクセスがいいことだというのは賛成している。問題は、どうやって達成するかだ」と Roos は言う。


科学雑誌の一番基本的な責務はピアレビューをすることだと、 arXiv の創設者である Ginsparg は言う。彼は大部分のオープンアクセス科学者が「明らかにそうしていない」と嘆く。雑誌が義務を果たしているという保証が科学コミュニティの成立の必要条件である。「雑誌が質の管理ができていないのでは、破滅的です。得に政府や大学が科学的にいかがわしい人がたくさんいるような発展途上国においては、です」と Ginsparg は言う。


Alime Noutcha から出版手数料を巻き上げようとした出版社については、 Scientific & Academic Publishing の e-mail の IP address からこの組織が中国に基盤があると分かった。そして彼らが私に送ってきた請求書には $200 を香港の銀行口座に送るように指示してあった。

請求と一緒にすてきなニュースが届いた。科学的な査読抜きに、ある雑誌- the International Journal of Cancer and Tumor - が例の論文を受理した。著者 Alimo Atoa のふりをして、撤回の要求をした。私は架空のキャラクター同士のシュールなラブレターのような最終メッセージを受け取った。

Alimo Atoa さま、


あなたの選択に心からの敬意を示し、論文を撤回いたします。


もしあなたが論文を出版する予定がおありなら、ぜひご連絡ください、私はいつでもあなたの力になります。


心からの敬意を込めて、 Grace Groovy

今読んでも、なかなか面白い記事だと思ったので紹介してみました。っていうか、話題になった時は、流し読みでちゃんと読んでなかったナ。

といっても、中でも指摘があるように、オープンアクセス誌の問題というより、ピアレビューの問題かもしれないですね。従来型の「定期購読」制の雑誌でも同様の試験をして比べてみないとオープンアクセス特有の問題かどうかということは判断できないんじゃ?

この記事を思い出したのは、最近も社会学分野でソーカル事件みたいなことがあったという記事を読んだので、いままでソーカル事件類似事件ってどんなのがあったのかちょと調べてみようと思ったからでした。

So-kalled research: French sociology journal retracts hoax article – Retraction Watch