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わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

”考えることは天才的、書くものは並はずれた作家のもの、喋ると子供みたい”-V. ナボコフ, "Strong Opinions" の感想

ナボコフ

 ウラジミール・ナボコフの"Strong Opinions"(1973)を読んだ。面白かったので、少し紹介してみたい。
 この"Strong Opinions"は、「ロシア生まれで、イングランドで教育を受けた、アメリカの作家("An American writer, born in Russia and educated in England")」ナボコフのインタビュー集、編集者宛ての手紙、短めのエッセイを収めたバラエティ・ブックだ。その中でも、『ロリータ』の成功によって、コーネル大学を辞して、1961年にスイスでホテル暮らしをはじめた後の1962年から1972年の10年間に行われた22本のインタビューが、この本の目玉で、この10年間は、ナボコフの執筆履歴に照らすと『エフゲニー・オネーギン』の注釈つき翻訳の仕事と『アーダ ある家族の年代記』という二つの大作と『透明な対象』の執筆までの時期を含んでいる。
 ナボコフは、日本でも相当有名かつ人気も高い作家だ。実際、ナボコフ作品は、(出版状況はともかく)翻訳状況はすごく良い。僕の読んだペーパーバックの"Strong Opinions"についてる簡単な書誌を見ても、『マーシェンカ』から『道化師をごらん!』までの 17 作の長編小説は全部翻訳されてるし、(中には、ロシア語版からの訳とフランス語版からの訳と英訳版からの訳があるのまである! )短編全集もでている。小説以外でも、『ナボコフーウィルソン往復書簡集』やキューブリック等への書簡も含む書簡選集、評論『ニコライ・ゴーゴリ』、講義録『ロシア文学講義』、『ヨーロッパ文学講義』、『ドン・キホーテ講義』も翻訳がある。この"Strong Opinions"を含む訳されてない本の中では、次のような作品たちが気になる。

  • "The Waltz Invention"
  • "Lolita: A Screenplay"
  • "The Man from USSR and Other Plays"
  • "Poems and Problems"

最初の三つは戯曲か脚本で、"Poems and Problems"は詩集+詰めチェス問題集だそうだ。特に、ロリータの映画用脚本"Lolita: A Screenplay"は、ぜひとも読んでみたい。

 僕も、大学生のころ日本のナボコフ研究者若島正の『乱視読者の冒険』、『乱視読者の帰還』、『乱視読者の新冒険』等の評論集を読んで、「ナボコフ、なんて魅力的なんだ」と思って、『キング、クイーンそしてジャック』、『ディフェンス』、『マルゴ』、『セバスチャンナイトの真実の生涯』、『ベンドシニスター』、『ロリータ』、『プニン』などの長編小説や短編集『ナボコフの1ダース』等を読んだり、『賜物』や『青白い炎』という大作に挑戦して挫折したりした。ちょうどそのころ何冊かナボコフの新訳や復刊があったりして読みやすい状況だったような気がする。たくらみの多いナボコフの小説の魅力を十分に味わえた自信は全然ないけれど、それでもナボコフは僕の中で特別な作家のひとりになった。(実は、一番なんども読んだのは小説ではなく『ナボコフーウィルソン往復書簡集』( 中村紘一・若島正訳、作品社 )だ。)
 
 この"Strong Opinions"のインタビューは、TV(BBC)や雑誌(プレイボーイやニューヨーカー)のインタビューに答えたもので、他の作家への賞賛や悪口、ナボコフの人生観や文学観に関するものなどゴシップ的にも文学的にも興味深いものだった。結構同じような質問が繰り返しでてきたり、ちょっと失礼なんじゃと思うような質問もあって面白かった。(ところで、インタビューといっても、先に質問を送ってもらって、ナボコフがそれに対する回答を原稿として用意するという形式が多かったようだ。ナボコフは、「考えることは天才的、書くものは並はずれた作家のもの、でも喋るとなると僕は、子供みたいなんだ」("I think like a genius, I write like a distinguished writer, and I speak like a child.")とこの本の序文で書いていて、話下手でかつそれを気にしていたようだ。)僕の印象では、次のような質問が多かった。

  1. フロイトフロイト主義への批判や悪口
  2. 世界の文学者へのナボコフへの評価
  3. ナボコフの人生観や文学観に関する質問
  4. ナボコフの自作への質問
  5. ナボコフの個人史に関する質問
  6. ナボコフの現在進行中の仕事に関する質問

1つめの質問は本当に多かった。ナボコフ自身が自作の英訳版の序文などでフロイトの悪口を義務のように繰り返しているせいもあるんだろうけど、1960-70年代のアメリカ・英国では、フロイトに対する関心が高かったのだろう。
 例えば、プレイボーイ(1964)のアルヴィン・トフラーによるインタビュー。

-精神分析を受けたことはありますか? 
V.N. 何を受けたかだって? 
-精神の分析です
V.N.なんでそんなもん受けるんだ! ああ~ん!(Good God!)。
調査のために。結構お詳しいので。
V.N. 本で読んだんだよ!

 他にもこんなやり取りが。(BBC の1968年のインタビュー。)

-フロイト博士がお嫌いですか?
V.N. 前にも言ったが、嫌いな博士は一人じゃない。四人いるんだ。Dr フロイト、Dr ジバゴ、Dr シュバイツァー、Dr カストロだ。

なんで、Dr シュバイツァーが嫌いなんだろう? 

 次に、ナボコフの世界文学への評価。悪く言われてるのは、ドストエフスキーサルトルといったところ、ビョートルも好きじゃないらしい。ジェイムズも微妙。評価が高いのは、プーシキントルストイゴーゴリ、メルビル、ベケット、ウエルズ、ロブ・グリエ、ジョイスといったところ。
 ナボコフは自分の少年時代の読書暦についてこんなことを言っている。

V.N. 14 か 15 までにトルストイの全作品をロシア語で、シェイクスピアの全作品を英語で、フローベールの全作品をフランス語で読んで再読した。

 『ロリータ』の注釈をつくった、ナボコフの教え子でもあるアルフレッド・アペルJrによるインタビュー。

V.N. ドストエフスキーでは、『二重人格』が一番ましかな、恥ずかしげもなく、露骨にゴーゴリの『鼻』のまねだけどな。

 また、こんな場面も。

-ピンチョンとかバースはどうでしょう?
V.N. 読んでないよ。

 ただし、ナボコフは、後の方のエッセイで、A+評価のアメリカ短編小説を6つ挙げていてその中にはバースの作品も入っている。翻訳の情報と併せて、まとめてみた。

  • ジョン・チーバー「郊外族の夫」(『現代アメリカ短編選集2』に「郊外住まい」のタイトルで収録)
  • ジョン・アップダイク「いちばん幸福だったとき」(『現代アメリカ短編選集3』)
  • J.D.サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」(『ナイン・ストーリーズ』)
  • ハーバード・ゴールド「マイアミビーチの死」
  • ジョン・バースビックリハウスの迷子」(『アメリカ短篇24 』)
  • デルモア・シュワルツ「夢の中で責任がはじまる」(『and Other Stories―とっておきのアメリカ小説12篇』)

 ハーバード・ゴールドの翻訳は見つからなかった。未訳かもしれない。翻訳があった作品も『ナイン・ストーリーズ』以外は残念ながら絶版みたいだ。(『ナボコフA+短編集』として集めて出版されないかな!?)
 同じインタビューでこんなやり取りもあった。

-ゼンブラの言語とウィットゲンシュタインの「私的言語」は、関連があるように思うのですが? 大学で哲学科との交流は? 
V.N. 全くない。彼の仕事については何も知らない。名前を知ったのも 50 年代にはいてからだよ。ケンブリッジではサッカーをしてロシア語で詩を書いていた。


又別のインタビューでは、

-ロブ・グリエが大好きだそうですが、クノーやビョートルはどうですか? 
V.N.「クノーの『文体練習』はワクワクする傑作だ。フランス分が中最高の短編小説集の一つだ。『ザジ』も好きだ。ビョートルは嫌いだ。

というやり取りも。
後ろの編集者への手紙で、ナボコフが、「どんな会議でも同席しません。 」とまで嫌っている作家・哲学者の名前 3 人上がっていて、それは、ラッセルとサルトルイリヤ・エレンブルグだ。(イリヤ・エレンブルグは知らなかった。ナボコフの翻訳もした小笠原豊樹も訳してみたいだ。でも絶版ばっかだ。)ナボコフは、フロイトドストエフスキーは結構読んでそうだけど、サルトルは何読んで嫌いになったのかな? と思った。ラッセルは何を読んだんだろう? 『郊外の悪魔』と『有名人の悪夢』くらいしか小説はないかな?

ナボコフの人生観や文学観に関する質問は、「神の存在を信じますか? 」とか「人生の意味は? 」とかちょっといきなり聞くのはどうかと思う質問がいきなり尋ねられてるのもあったけど、面白いのも多い。
 1962年の冒頭にインタビュー。(インタビューアーに関する情報は失われてしまったらしい。)

-お好きなものとお嫌いなものは? 

V.N. 僕の嫌いなものは簡単だ。愚かさ、外科手術、犯罪、残酷さ、ソフト・ミュージック。僕の楽しみは、人間に知られている最も強烈な楽しみだ。即ち、執筆と蝶の採集だ。

 別のインタビューではこれを踏まえてこんなやり取りが。

-人間のする最低の行為はなんでしょう?
V.N. 鼻持ちならない態度、騙すこと、拷問。
-では、最高は?
V.N. 親切であること、誇り高いこと、恐れを知らないこと。

あと、ナボコフは、音楽が苦手と書いていたが、三島由紀夫も同じようなことを『小説家の休暇』で書いていたのを思い出した。でも二人とも『音楽』ってタイトル(ナボコフは"music")で小説書いてるのがおかしい。

ナボコフの自作への質問としてはこんなのが印象的。

-後世に残す仕事をひつつ選ぶとすれば? 
V.N. 今書いている仕事か書きたいと思ってる仕事と言いたいところだが、『ロリータ』と『エフゲニー・オネーギン』についての仕事といっておくかな。

 ナボコフの注釈つき『エフゲニー・オネーギン』英訳は、4巻本で各巻500ページに及ぶ大作らしいので、とても読みきる自信はないが、挑戦くらいはしてみたい。

 ナボコフインタビューの雰囲気が出てると思うので、"Strong Opinions"の最初の短めのインタビューの一部を訳した。(誤訳なども多かろうと思いますので、ご指摘くだされば幸いです。)

V. ナボコフ, "Strong Opinions" から 1962,6,5 のインタビュー

-インタビュアーたちは、あなたを掴みどころのない人物だと考えています。どうしてですか?

V.N. 僕は自分が公的な主張を一切持たない人間であることを誇りに思っている。今までの人生で酔っぱらったことは一度もないし、男子生徒たちが使う四文字言葉子使ったことも一度もない。事務所や炭鉱で働いたこともない。クラブや集団に属したこともない。どんな宗派や学派にも一切影響を受けたことはない。政治小説と社会的な目的をもった小説ほど僕を退屈させるものはない。

-それでもあなたを感動させるものはありますよね。-お好きなものとお嫌いなものが。

V.N. 僕の嫌いなものは簡単だ。愚かさ、外科手術、犯罪、残酷さ、ソフト・ミュージック。僕の楽しみは、人間に知られている最も強烈な楽しみだ。即ち、執筆と蝶の採集だ。

-手書きで書いておられるのですよね。

V.N. うん。僕はタイプはできない。

-もしよろしければ、草稿を少しお見せ願えますか?

V.N. 悪いけど、お断り。書きかけの原稿を見せるなんて受け狙いの俗物か、心やさしい二流作家のやることだよ。そんなことするのは自分のタンを見せて回るようなものだ。

-新刊小説はお読みになりますか? なんでお笑いになるんです? 

V.N. 僕が笑ったのは、おせっかいな出版社が新作をいつも送りつけてくるからだよ。-「私ドモ同様、アナタモコノ作品ガオ気ニ召シマスデショウ」手紙を添えてね。-しかも全部同じような小説なんだ。猥褻なシーンがあって、気取った単語を使った奇妙なつもりの事件が起きる小説。全部同じ奴が書いたんじゃないかと思うよ。-そいつは、僕の影の影ですらない。

-フランスのいわゆる「アンチ・ロマン」についてご意見をお聞かせください。

V.N. 僕は、文筆に限らずグループやら学派やらなんてのには興味がない。僕が興味を持つのはひとりひとりの作家に対してだ。そんな「アンチ・ロマン」なんてのは実際には存在しやしないんだ。ロブ・グリエという偉大なフランス語作家がいるだけ。あとは三文文士どもが彼の作品のまがい物を作ってるだけだよ。

-「えー」とか「あー」が非常に多いですね。お歳のせいでしょうか? 

V.N. 違うよ。話が下手なのは昔からだ。僕の語彙は、精神の奥深くに潜んでいてそれを引き揚げて物理的な状態に定着させることができるのは紙の上だけなんだ。得意即妙の応答なんて僕には奇跡に見えるよ。これまで出版した本も一語一語何度も書き直したんだ。僕の場合、鉛筆の方が消しゴムより長持ちするんだ。

-でもあなたはだいぶ長く教壇にたっておられましたね? 

V.N. 1940 年、アメリカで大学人としてのキャリアをはじめる前に、運のいいことに、僕はロシア文学について100回分の講義-約2,000ページを苦労して書いたんだ。その後、ジェーン・オースティンからジェイムズ・ジョイスまでの偉大な作家たちについての100回文の講義を別に書いた。これらのおかげで、僕はウェルシーとコーネルでの20年間の大学生活を幸せに過ごしたよ。教壇で僕は、ちらちら目を上げたり下げたりしていたけど、目敏い学生たちも僕が読んだいるんであって、話してるんじゃないとは全く気付いてなかったよ。

-英語で執筆をはじめたのはいつからですか? 

V.N. ごく幼い時から僕は、バイリンガルだったし(ロシア語と英語)、五歳のときにはフランス語を付け加えた。少年時代には採集した蝶について、最も素晴らしい雑誌『昆虫学』で識ったいろいろな専門用語を使ってつけていたノートは全部英語で書いていた。1920年、その雑誌に僕の最初の論文(クリミア産の蝶に関するもの)が出版された。同じ年に僕は、ケンブリッジのトリニティ・マガジンに英語の詩を寄稿していた。そのとき僕はそこの学生だったんだ(1919-1922)その後、ベルリンとパリで僕はロシア語の本―詩集、短編集、8冊の長編小説を書いた。僕の作品は300万のロシア人亡命者のいくらかが読んだが、勿論、ソビエト・ロシアでは、完全に禁止され無視された。30年代の中ごろ、二冊のロシア語小説『絶望』と『カメラ・オブスクーラ』(アメリカでは、『闇の中の笑い』と改題された[英訳を基にした篠田一士のタイトルは『マルゴ』。])を英語に翻訳して出版した。僕が最初から英語で書いた小説は『セバスチャンナイトの真実の生涯』で1939年にパリで書いた。1940年にアメリカに移ってからは、「アトランティク」と「ニューヨーカ」に詩と短編小説を寄稿し、4冊の長編小説-『ベンドシニスター』(1947)、『ロリータ』(1955)、『プニン』(1957)、『青白い炎』(1962)を書いた。それから、自伝『記憶よ、語れ』(1951)と蝶の分類学に関する科学論文もいくつか発表している。

-『ロリータ』についてお話していただけますか? 

V.N. う~ん、お断り。いいたいことはアメリカ版と英国版に付けた後書きで全部言ってしまった。

-『ロリータ』の脚本を書く上で大変なことはありましたか? 

V.N. 思い切ってやって見ようと思うこと―この仕事を引き受けようと決心することが一番大変だった。1959年にハリスとキューブリックが僕をハリウッドに招待したんだ。だけど何回か話し合って、この仕事はやりたくないと決心した。一年経って、ルガノにいるときに、その決心をひるがえすようにうながす電報を彼らが送ってきた。その間に、僕の頭の中で脚本のようなものが形になろうとしていたので、彼らがまた連絡してきてくれて良かったよ。僕はもう一回、ハリウッドに言って、六ヶ月間その仕事をした。小説を映画脚本に直すのは、とっくの昔に完成した絵画のスケッチ集を作るようなものだ。新しいシーンやセリフをつけたして映画『ロリータ』が僕にとって許容範囲になるように努力した。僕が書かなければ、誰かが脚本を書くのは分かっていたし、そうなればせいぜい解釈の衝突以上ごった煮以下の代物になるのは分かっていた。まだ映画は見ていない。脚本執筆中に、7回か8回、キューブリックと話し合ったが、彼は芸術家だなという印象を受けた。僕が、ニューヨークで6月13日に『ロリータ』を見たいと思うのもこの印象ゆえだ。

-今は、どんなお仕事に取り組んでおられるのですか? 

V.N. プーシキンの『エフゲニー・オネーギン』の翻訳の攻勢を読んでいるところだ。これは、韻文で書かれた小説で、たっぷりの注釈を付けてボーリンゲン出版から立派な四巻本で出ることになっている。それぞれ500ページ以上あるんだ。

-お仕事を詳しくご説明頂けますか? 

V.N. コーネルでもどこでも文学を教えている間、僕は生徒たちに科学の情熱と詩の忍耐を求めた。芸術家兼科学者として、僕は一般よりも特殊な細部を、思想よりもイメージを、明々白々な象徴よりもあいまいな事実を、合成ジャムよりも新発見の野生の果実を優先する。

-あなたのお仕事は果実であると? 

V.N. そう。僕の美意識と嫌悪感は、10年にわたる『エフゲニー・オネーギン』についての仕事に現れている。5500行の英訳に当たって、僕は、韻か意味か(between rhyme and reason)という選択を迫られた。-僕は意味を選んだんだ。

-インタビューを受けるのはお好きですか? 

V.N. え~と、あるテーマ―彼自身―について話させるという贅沢は、軽蔑すべきでない感覚だ。でも、その結果に困惑させられることはある。最近では、パリのカンダイド紙では、僕は馬鹿げた設定で訳の分からないことをペラペラしゃべっている事になっている。でも、ときにはフェアープレイに会ったこともある。エスクカイワーでは、インタビューについて僕が見つけた間違いについての修正を全部印刷してくれた。ゴシップ・ライター達のいってるを追いかけるのはとても難しいし、奴らはすごくいいかげんだ。レナード・リオンに、なんでぼくが映画関係の事務処理を妻に任せているかをこんな風に説明したよ。「肉屋の主人の対応が出来れば、プロデューサー対応も出来る。」

 ゴシップ的なところにばっかり興味が言って、申し訳ないです。

ナボコフ高評価の作品たち。

ジョン・チーバー「郊外住まい」

現代アメリカ短編選集〈第2〉 (1970年)

現代アメリカ短編選集〈第2〉 (1970年)


ジョン・アップダイク「いちばん幸福だったとき」
現代アメリカ短編選集〈第3〉 (1970年)

現代アメリカ短編選集〈第3〉 (1970年)


J.D.サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日
ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)


ジョン・バースビックリハウスの迷子」
アメリカ短篇24 (現代の世界文学)

アメリカ短篇24 (現代の世界文学)


デルモア・シュワルツ「夢の中で責任がはじまる」