わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

新無神論者たちのイスラモフォビア

CJ WERLEMAN (1) という批評家のアメリカ合衆国における新無神論ムーブメントに関する記事を Salon.com というオンライン雑誌でいくつか読んだら、面白かったので、ちょっとまとめてみマス。


無神論ムーブメントというのは、911 以後米国で活発になった世俗主義の動向で、2004年のサム・ハリスの『End of Faith』を皮切りに、ぞくぞくとそれに関する著作が発表され、ベストセラーになったことから始まる(ソウデス)。ハリスの本の他にリチャード・ドーキンス『神は妄想である』(2006)、ダニエル・デネット『解明される宗教』(2006)、故クリストファー・ ヒッチンス『God is not Great』(2007)が代表的な文献だそうだ。(ヒッチンスには『アメリカの陰謀とヘンリー・キッシンジャー』というキッシンジャーぶっ叩き本と『トマス・ペインの「人間の権利」』 の邦訳が ) ちなみにこの四人のイデオローグは、ヒッチンスが生きていたころは、「黙示録の四騎士」をもじって「四騎士」と呼ばれていたとか。(2)四騎士以外の著作では、ビクター・ステンガー『God: the failed hypothesis』(2007)というのも有名だそうだ。ステンガーには、『宇宙に心はあるか』という邦訳本も(無神論ムーブメント以前だけど)(3)


WERLEMAN によるとアメリカで、新無神論者のグループは、近年もっとも速い速度で勢力を伸ばしているグループだという。(そして、その主流は、中流のノンポリ白人男性。この中流・白人・男性という構成の傾向は、リバタリアンと重なるらしい)(4)


WERLEMAN は、一連の記事で、指導的無神論者たちのうちハリスやドーキンス(やビル・マー)は、政治学の成果や歴史的背景を軽視して、テロリズムの要因を宗教、とくにイスラム教に押し付けていると批判している。そして、一般の無神論者たちには、信仰者を子どもっぽい存在に思い描いて馬鹿することで満足するようなヒネタ態度を止めて、よりよいアメリカを作るために大人になりなさいと説く。そのためには、格差や社会正義について価値観を共有できる宗教コミュニティーとも協調し、貧困や格差問題に熱心に取り組むフランシスコ教皇の言葉にも耳を傾けナサイ、と書いている。(4,5,6,7)


具体的には、「ビル・マーのような無神論者と中世十字軍の共通点」(5)・「ドーキンス、サム・ハリス、そして無神論者たちの醜いイスラモフォビア」(6)という記事で、次のように批判している。


1981年から 2006 年までの中東における全ての自爆テロを調べたオーストラリアの Flinders University の自殺テロデーターベースの研究によると彼らをテロに駆り立てた原因は、宗教的な熱狂ではなく政治的な理由であるという。また、1980 年代から現在までの2,200 件の 自殺テロを調べたシカゴ大学の Robert A. Pape と James K. Feldman も、90%のテロが占領軍を追い出すためであり、イスラムが問題の根源だという見方を退けている。(6)


無神論者が、政治的・歴史的要因を無視して、中東のテロリズムの原因はイスラム教だと信じているさまは、まるで、キリスト教原理主義者が地球が7,000年前に誕生したと信じるようなモノダ、どちらも科学と理性を拒絶しているのではないか、と著者は皮肉っている。


WERLEMAN に言わせれば、米国が中東に占領軍を置くことや専制政府を支援してきたことが、経済的な圧迫をもたらし、イラクの囚人への拷問や虐待も含めた残虐行為という結果を引き起こしているのであって、ドーキンスやハリスたちのようなテロの原因は政治ではなくイスラム教にあるという世界観は、科学(Robert A. Pape らの研究)も理性も証拠も無視しているもので、中東での新しい誤った戦争へ駆り立てることにつながる危険なものだということになる。(6)


また、『イスラム恐怖症産業: いかにして右派はイスラムの恐怖を捏造するか』(The Islamophobia Industry: How the Right Manufactures Fear of Muslims)という著書のある Nathan Leanも、サム・ハリスやリチャード・ドーキンスのような無神論者たちは、イスラムフォビアの新しいグループになっている、と批判しているそうだ。(6)


さらに、中流のノンポリ白人男性が主流を占める一般の無神論者に対しては、無神論が中流白人の非政治的な運動にとどまるのなら、マイノリティや貧困層無神論から遠ざかるだけでなく、無神論者が目標とするよりよいアメリカを作ることもできないだろうという。「なぜ無神論者はフランシスコ教皇に耳を傾けるべきか」という記事では、教皇トリクルダウン理論を批判し、貧困問題に積極的に取り組んでいるのに、無神論者がそういうことに対して何もしないで広告を出すとかそういうことに金を使うばかりなら、人々はカトリックをヒップ(魅力的)だと感じ、無神論者のことはアス・ホールだと思うようになるだろうといっている。(4,7)


さらに、共和党員の無神論者(リバタリアン無神論者)については、「無神論者は共和党員になれない」(4)という記事で、故クリストファー・ヒッチンスが、無神論者の強みは、証明されていない断言を受け入れることを拒否することができることだ、といっているが、それならば、創造論などよりいっそう危険な神話である(共和党の政策でもある)トリクルダウン理論を信じてはいけないゾ、と書いている。証拠に基づいて判断する無神論者なら地球温暖化にも、トリクルダウンにも、イラク戦争でも、ブッシュ減税でも間違ってい(る/た)今日の共和党の党員にはなれないはずである、と書いている。


ちなみに実は、CJ Werlemanも著名な無神論者で、『God Hates You. Hate Him Back』という聖書のストーリをコミカルに風刺したベストセラーや「キリスト教右派とウオールストリートの不浄な同盟」という副題のある『Crucifying America』という作品があるらしい。最新作は、保守派の無神論者を非難した『Atheists cant be repyblicans』(Salon.com の記事と同じタイトル)。


WERLEMAN の評価がどこまで妥当なのか、ドーキンスやハリスの主張をしっかり把握しているわけでもないし(四騎士の無神論関係の著作は、『神は妄想である』の邦訳を何年も前に読んだくらい)、米国特有の事情もよく知らないので、判断つかない所もあるのだけれど、最近ドーキンスtwitter上で頻繁に炎上しており(8,9,10)、しかもその内容があまり(にも)共感できない感じなので、WERLEMAN の批判が気になってしまった。


それに科学的な態度・懐疑的精神・証拠を重視する態度をウリにする論者が、オトクイの分野ではない分野(テロリズムや貧困)では、さっぱり科学的でも証拠を重視してもいなくて、それどころか、ややもすれば体制的・保守的立場に、専門分野で培った権威を使ってお墨付きを与えているっていうのは、結構普遍的な構図なんじゃないかと思えてしまうので、WERLEMAN の批判には説得力を感じてシマイマス。

(1) http://www.salon.com/writer/cj_werleman
(2) http://en.wikipedia.org/wiki/New_Atheism#Four_Horsemen_of_the_Non-Apocalypse, http://www.newstatesman.com/blogs/the-staggers/2011/12/richard-dawkins-issue-hitchens
(3) Massimo Pigliucci (2013). New Atheism and the Scientistic Turn in the Atheism Movement. Midwest Studies in Philosophy 37 (1):142-153.
(4) http://www.salon.com/2013/10/26/atheists_cant_be_republicans
(5) http://www.salon.com/2014/09/04/what_atheists_like_bill_maher_have_in_common_with_medieval_christian_crusaders_partner
(6) http://www.salon.com/2014/09/06/richard_dawkins_sam_harris_and_atheists_ugly_islamophobia_partner
(7) http://www.salon.com/2013/12/12/why_atheists_should_listen_to_pope_francis_partner/
(8) http://www.independent.co.uk/news/people/news/richard-dawkins-muslim-jibe-sparks-twitter-backlash-8753837.html
(9) http://www.telegraph.co.uk/health/healthnews/11047072/Richard-Dawkins-immoral-to-allow-Downs-syndrome-babies-to-be-born.html
(10) http://www.salon.com/2013/09/11/richard_dawkins_doesnt_get_to_define_sex_abuse

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