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わが忘れなば

備忘録の意味で。タイトルは小沢信男の小説から。

「ポジティブな性格破綻者」の肖像-倉田啓明『倉田啓明橘作集 稚児殺し』、「誘惑女神」、松本克平『私の古本大学』(2)

 (この記事は、「ポジティブな性格破綻者」の肖像-倉田啓明倉田啓明『倉田啓明橘作集 稚児殺し』、「誘惑女神」、松本克平『私の古本大学』(1)の続きです。)

「誘惑女神」による偽作事件以前に啓明が発表した作品について、西村賢太「異端者の悲しみ」と松本著を基にまとめてみた。

  • 「春雨の寮」(小説)*#(「中央公論」明治四十五年(1912 年)三月号)
  • 「若衆歌舞伎」(小説)*#(「三田文学」明治四十五年(1912 年)五月号)
  • 「謀反」(小説)*#(「太陽」明治四十五年(1912 年)七月号)
  • 「チツイアンの死」(戯曲)(「朱欒」大正元年年(1912 年)十二月月号)
  • 「扉」(戯曲)(「朱欒」大正元年年(1912 年)十二月月号)
  • 「毒よりも甘し」(戯曲)(「新小説」大正三年年(1914 年)七月月号)
  • 「オイロタス」(戯曲)*#(「ARS」大正四年(1915 年)八月号)
  • 「稚児殺し」(小説)*#(「ARS」大正四年(1915 年)九月号)

ただし、*印は、『倉田啓明橘作集 稚児殺し』の収録作であることを、#は『私の古本大学』で紹介されている作品であることを示す。

非常に旺盛な執筆量というほどではないが(未発見作品はあるのかもしれない)、発表誌をみても新進作家の着実な歩みと言えると思う。

処女作「春雨の寮」から「稚児殺し」に至る作品のいくつかをを松本の言葉によって紹介してみる。
まずは、「春雨の寮」。

(「春雨の寮」は、)吉原の廓の中のお茶屋に生まれた中学一年生の俊ちゃんと二つ年下の椎丸という少年同士のホンノリとした同性愛を描いたもので「たけくらべ」を思わせるものであった。そこには辛うじて吉原だけに残っている文化文政時代の古い情緒が少年の眼を通して豊富なボキャブラリーで絢爛と展開されていた。虐げられ差別されている少年の世界などではなく、廓の中でぜいたく三昧に育った少年の耽美的な時代錯誤なソドミーの世界である。それは後に倉田が乗り出した水平社演劇とは縁も由縁もない虚構の世界であり、触れれば毀れてしまいそうなゼイ弱な観念の世界である。

次に、「若衆歌舞伎」。

この小説(「若衆歌舞伎」)もかねてから思い合っている十四歳の私という大店育ちの女性的な少年と歌舞伎役者の子役の美少年杉丸とが一夜のデートをするために豪奢な若衆姿に扮装して江戸情緒そのままの隅田川の屋根船の密室で思いをとげるまでを描いたものである。

そして、「若衆歌舞伎」から次のシーンを引用している。

 二つの魂は、まつはり燻ゆる香の薫香に誘われて、知らず識らずの裡に結び合はされ、鼻腔から出す小さな呼吸は、皮膚に冷たく触れて、熱く火照った唇のあたりを心地よく冷やした。さうして香枕から立ち昇る伽羅の香は、魔薬のやうに二人の精神を溶かして。今にも身体の肉塊が、片つ端から飴のやうに溶けて流れるやうにおもはれ、その跡には只蝉のヌケガラのやうに、伽羅に薫籠せられた鬢や衣装だけ残るのではなかろうかと怪しまれた。
 かうして、二人が手を取り交わして、凝と顔見合はせ、媚薬の嵐のやうな香の煙を深く深く吸ったときには、既に二つの心は静かに夢の国へ織り込まれてしまつた。

 つまり、啓明の作品世界はテーマの上では、少年同士の恋愛関係を、技法の上では官能的な文章と豊かな語彙・近世文化への博識を特徴としているといえよう。特に、「香」に関する知識が豊富だ。自伝的作品「謀反」によると啓明の実家は「大伝馬町の一角を占める」「殆ど百年も続いた薬種問屋」であるらしい。

 さて、次の記事では、松本克平が「異色の力作」と呼び、西村賢太が「啓明全作品中の白眉であり代表作」と呼ぶ短編、「稚児殺し」を紹介しよう。ミッション系の旧制中学に所属する不登校気味の少年滋野が主人公で、彼の下級生波山(落第したので同級)への愛が相手を殺してしまうところまで発展するという作品だ。

西村賢太のエッセイ集。「異端者の悲しみ」が採録されている。

随筆集 一私小説書きの弁 (新潮文庫)

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